総裁定例記者会見(2025年10月30日)における植田和男総裁の主な主張は、「金融政策の現状維持を決定したが、中心的な物価見通しの確度は少しずつ高まっており、経済物価情勢の改善に応じて、引き続き政策金利を引き上げる方針である。ただし、利上げ判断には、海外経済や関税政策が国内の賃金・物価に与える影響をさらに確認する必要がある」という慎重ながらも正常化への意思を継続する姿勢です。

1. 金融政策は現状維持も、利上げの確度は上昇

日本銀行は、今回の金融政策決定会合で、無担保コールレートを0.5%程度で推移するよう促すという金融緩和の方針を賛成多数で維持しました。
しかし、会合では高田委員と田村委員の2名から政策金利を0.75%程度に引き上げる議案が提出されましたが、反対多数で否決されました。植田総裁は、利上げに反対した理由について「平均的に申し上げて、私どもの見通しの確度は少し上昇したというのが我々の認識」であるとしつつも、「緩和度合いの調整を行うまでに、もう少しデータ等の確認をしたい」段階にあることを示唆しました。

2. 経済・物価の現状と長期見通し

経済見通し

  • 現状認識:景気は一部に弱めの動きも見られるが、全体としては緩やかに回復していると判断しています。
  • 先行き:各国の通商政策等の影響を受けて海外経済が減速し、我が国企業の収益などが下押しされるため、成長ペースは伸び悩むと考えられます。
  • 中長期:その後、海外経済が緩やかな成長経路に復していくもとで、成長率を高めていくと見込んでおり、成長率の見通しは前回レポートから概ね不変です。

物価見通し

  • 現状:生鮮食品を除く消費者物価(コアCPI)の前年比は、賃金上昇の価格転嫁の動きが続き、食料品価格上昇の影響などから、足元で3%程度となっています。
  • 先行き:食料品価格上昇の影響が減衰していくもとで、コアCPIの前年比は来年度前半にかけて2%を下回る水準までプラス幅を縮小すると考えられます。
  • 基調的な判断:賃金と物価が相互に参照しながら緩やかに上昇していくメカニズムは維持されており、「ビハインド(後手に回ること)に陥る懸念が高まっているとは認識していません」と述べました。
  • 長期:見通し期間後半には、コアCPIの上昇率は物価安定の目標(2%)と概ね整合的な水準で推移すると予測しています。

3. 利上げ判断に向けた3つの点検ポイント

植田総裁は、今後の金融政策運営について、極めて低い水準にある金利を念頭に、「経済物価情勢の改善に応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和度合いを調整していくことになる」という基本方針を改めて示しました。
この実現可能性を見極める上で、引き続き以下の不確実性の高い3つの点検ポイントを注視すると強調しました。
  1. 米国をはじめとする世界経済の動向:関税による企業収益の悪化を通じた雇用や所得への影響、および関税コストの価格転嫁を通じた個人消費への影響が今後次第に明らかになるため、逐次提出される情報に基づき判断します。
  2. 関税政策が企業収益や賃金などに与える影響:関税政策による収益下押し圧力が作用するもとでも、企業の積極的な賃金設定行動が途切れることがないかどうかを特に確認します。この判断には、来年の春季労使交渉(春闘)に向けた労使の対応方針や、特に製造業や自動車関連の賃金動向を注意深く見ていく必要があるとしています。
  3. 食料品価格を含む物価動向:食料品価格上昇の影響は一時的な要因であるとの見方を維持しつつも、その上昇が長期化し、物価全般の上振れ・下振れにつながるリスクが顕現化することがないかを点検します。
植田総裁は「利上げの是非やタイミングについては、現時点で予断を持っていません」と繰り返し強調し、データに基づいた慎重な判断を継続する方針を示しています。

4. 新政権や海外当局との関係

新しく発足した高市政権との関係については、総理との会談予定などのコメントは差し控えつつも、日本銀行法に定められているとおり、「常に政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図る必要がある」と認識していると述べました。
また、米財務長官による日銀の金融政策への言及について問われた際には、直接のコメントを避け、「私どもは、常日頃申し上げておりますように、経済物価見通しをきちんと作成し、その実現の確度に応じて適宜政策金利を調整していく」という、日銀の独立性を維持した運営姿勢を改めて示しました。