8月22日に始まった「ジャクソンホール会議」開幕基調講演で、Jerome Powell(ジェローム・パウエル)FRB議長は「短期的な経済・金融政策」と「金融政策の枠組み(フレームワーク)の見直し」という2つの主要なテーマについて論じました。 全体として、パンデミック後の高インフレという厳しい経験を踏まえ、FRBがより現実的で柔軟な政策運営へと舵を切る姿勢を明確にした講演です。 (Bloomberg Televisionチャンネルでの視聴回数は、7時間で40万回以上)

(画像はスクリーンショット)

分析概要

短期的な経済見通しと金融政策

現在の経済状況は、インフレの上振れリスクと雇用の下振れリスクが併存する「困難な状況」にあると指摘しました。

経済の現状認識:

  • 労働市場: 求人と求職が共に減速するという「奇妙なバランス(a curious kind of balance)」状態にあり、失業率は4.2%と歴史的に低いものの、雇用の下方リスクは高まっていると警告しました。
  • インフレ: 大幅な関税引き上げが物価を押し上げていますが、その影響は一時的である可能性が高いとの見方を示しました。しかし、これが持続的なインフレにつながるリスクも警戒しています。
  • 経済成長: GDP成長率は今年前半に1.2%へ減速しており、主に個人消費の鈍化が影響していると分析しました。

金融政策のスタンス:

現在の政策金利は景気を抑制する水準にあるとの認識を示した上で、今後の政策は「事前に設定されたコースではない」と強調しました。 インフレと雇用の目標が緊張関係にある中、両者のバランスを取りながら慎重に政策を進める姿勢を示し、データ次第では政策スタンスの調整(利下げの可能性)もあり得ると示唆しました。

金融政策フレームワークの見直し

5年ぶりに行われた金融政策の枠組み見直しは、今回の講演のもう一つの柱です。これは、パンデミック後の高インフレという、2020年の前回見直し時には想定されていなかった経済環境の変化に対応するためのものです。

主な変更点は以下の通りです。

  1. ゼロ金利制約(ELB)*への過度な焦点の削除: 2020年の枠組みは、低金利・低インフレが常態化し、金利がゼロ以下に下げられない状況(ELB)を主な懸念としていました。しかし、高インフレを経験した今、特定の経済状況に偏った枠組みではなく、より幅広い状況に対応できるものへと修正しました。
  2. *ELB (Effective Lower Bound) は、政策金利の引き下げ余地が限定的になる「実質的な」金利の最低水準を示す概念

  3. 「平均インフレ目標」の撤廃: インフレ率が2%を下回った期間を埋め合わせるために、一時的に2%を超えるインフレを容認する「メイクアップ戦略(柔軟な平均インフレ目標)」を撤廃し、より伝統的な「柔軟なインフレ目標」へと回帰しました。パンデミック後に訪れた高インフレは「意図的でも穏やかでもなかった」と述べ、この戦略が現実的でなかったことを認めました。
  4. 「雇用の不足(shortfalls)」という表現の削除: 雇用の最大化目標について、従来は「乖離(deviations)」ではなく「不足(shortfalls)」を緩和するとしていました。これは、インフレ圧力を伴わない限り、推計上の最大雇用レベルを超えても引き締めを急がないという考え方を示したものでしたが、意図が誤解される場合があったため、この表現を削除しました。今後は、物価安定を脅かすような労働市場の逼迫があれば、予防的な対応も辞さない姿勢をより明確にしました。
  5. 「バランスの取れたアプローチ」の再強調: 物価安定と最大雇用の目標が相反する状況では、両者の乖離の程度や目標達成までの時間軸を考慮し、「バランスの取れたアプローチ」で政策を運営することを改めて強調しました。

この見直しは、FRBが過去の経験から学び、予期せぬ経済ショックに対して、より機動的かつ透明性の高いコミュニケーションを図りながら対応していくという決意を示すものと言えます。